伝統的プロテスタント信仰に根づく教会です

   ルカによる福音書19章1~10節               

 

  聖書の中の「主の呼びかけに応えた人たち」シリーズ、二回目の今日は新約聖書から、ザアカイに注目します。キャンプのテーマにも合わせて、イエス様に呼ばれ、友だちになったザアカイの姿をみていきましょう。

 

 

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   ヨハネによる福音書2章1~12節              

 

 イエス様は、自ら声をかけ弟子を招きました。ここからいよいよイエス様の公生涯が始まります。イエス様は、カナの婚礼の席で「最初のしるし」として奇跡をなされました。その時、イエス様と出会った人たちに教えてくださっているイエス様のメッセージを受け取っていきたいと思います。

 

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   ヨハネによる福音書1章19~28節              

 

    洗礼者ヨハネは、「イエス様の先駆者」として神様に選ばれ、召された人でした。彼はその召しに忠実に応えて歩んだ人です。洗礼者ヨハネを通して、神様の召しに応えて歩む姿、そして彼が何を伝えたのかを今日の箇所に耳を傾けて心に留めていきたいと思います。

 

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   創世記15章1節~21節             

 

 神様はアブラムに二つのことを約束(契約)しました。一つは星の数ほどの子孫を与えるということ(5節)。もう一つは約束の土地を与えるということ(7節)。

その約束の確認の中で、「主の導きに応える」ということに注目していきましょう。

 

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   創世記 14章17~24節               

 

 甥のロトを誘拐されたアブラハムは、敵を追撃して無事にロトを取り返して帰ることができました。自分の土地に戻ってきたアブラハムを不思議な人物が迎えます。

 

 

1.メルキゼデクとアブラム

 アブラム(アブラハム)を迎えたのはメルキゼデクという人でした。この人は、旧約聖書のこの個所にだけ急に登場し、以後は出てこない不思議な存在です。しかし、新約聖書の光を照らしてみるとその謎が解けます。このメルキゼデクこそ、やがて来られるイエス・キリストを旧約聖書の中で指し示す姿なのです。

 メルキゼデクは「いと高き神の祭司」、「平和の王」、「義の王」と名を呼ばれ、パンとぶどう酒を持ってアブラムを迎えました。神様と人間をつなぐ祭司という肩書と、パンとぶどう酒に象徴される十字架によって、イエス・キリストが神様と人間の関係を回復させてくれた平和と義の王だと思い起こさせてくれます。

 ここに出てくるメルキゼデクとアブラムは、イエス様と私たちの姿なのです。

 

2.造り主、いと高き神

 メルキゼデクは「天地の造り主、いと高き神にアブラムは祝福されますように(19節)」と祈りました。同様に、イエス様は私たちに祝福を与えてくださるかたです。しかも、「天地の造り主、いと高き神」であるご自身を、私たちに祝福として与えてくださるのです。イエスキリストこそ、最大にして、最高の祝福です。

 さらに祝福の言葉は「敵をあなたの手に渡されたいと高き神がたたえられますように(20節)」と続きます。アブラムは甥ロトのために強大な敵と戦い、救出に成功しました。同じように、イエス様は十字架の死と復活を通して、私たちの最大の敵である罪と死から救い出してくれました。私たちはそのことを思い起こし、いと高き神を賛美するのです。

 

3.すべての恵みは主のもとから

 アブラムは財産の十分の一をメルキゼデクにささげ、救出劇をとおしてロトと同様に助けられたソドムの王からは何一つ受け取りませんでした。それは、主だけが私を本当の意味で豊かにしてくださる、と信じて告白したからです。

 

<思い巡らしてみましょう>

 救いも祝福も恵みもすべて、主イエスからこそ豊かに与えられます。