希望と喜び
第一ペトロの手紙1章1~12節 牧師 鈴木光
今日から第一ペトロの手紙を順に読み始めます。
イエス様の弟子の中でも、おそらく最もよく登場するのがペトロでしょう。その使徒ペトロが小アジア地方の各教会のクリスチャンたちに宛てて書いた手紙です。同胞であるはずのユダヤの人々からも、支配国ローマからも苛烈な迫害を受けていた時代に、自身もやがて殉教するペトロが、喜びと希望に根差した信仰生活を送ることを励まして語っています(1~2節)。
1.確かな希望
まずペトロは私たちクリスチャンに与えられている「生き生きとした希望」について話します(3~4節)。イエス様の復活によって与えられた希望とは、死の先にもある永遠の命の希望であり、また天の国が用意されている希望です。しかもそれは願望ではなく、確かな事実としての希望であることを強調します。私たちの信仰は、この確かな希望を土台としているのです。
2.精錬される純真な信仰
一方で教会もペトロ自身も先述のとおり「いろいろな試練(6節)」の中にいました。しかし、命すら脅かされることのある状況下でなお、ペトロは試練についてこう言います。「(信仰は)試練によって本物と証明され」、「火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊く」、イエス様の再臨の時には栄光に輝くものだと(7節)。試練はその最中には決して嬉しいものではありませんが、同時に主はそこから守ってくださる約束も与えてくださっています。恐れず、試練の時こそ信仰によって乗り越えていきましょう。
3.信仰による喜び
さらにペトロは次のように言います。「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ち溢れています(8~9節)」ここには信仰の不思議なリアルがあります。見えないものに価値を見いださない現代の多くの世界にとっては受け入れがたいことかもしれませんが、実際、私たちは求め、祈り、聖霊を受けて、見たことがないのに今でも出会っていて、信じ、愛しているものです。しかも、それは迫害や、あるいはそれほどでなくとも信仰に生きる苦労や試練をはるかに超える喜びがあるのです。求めなさい、そうすれば与えられるとイエス様が言われたように、主イエスを求めましょう。
<思い巡らし>
確かな希望とは/試練を恐れずに/イエス様をもとめて受ける喜び



