見せかけと本物
ルカによる福音書20章45~21章5節 牧師 鈴木光
イエス様がエルサレムのおもに神殿で弟子たちや人々と話します。
1.見せかけの信仰
イエス様は弟子たちに、指導者であるはずの律法学者たちに気をつけるように言います。なぜなら彼らは自分たちに注目を集め、民衆から敬われ、尊敬されることに執着していたからです(45~46節)。「神は高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる(Ⅰペトロ5:5)」とあるとおり、イエス様が謙遜な方であったように、私たちも謙遜な者となりましょう。また、イエス様は律法学者たちが貧しい者たちからも搾取し、見せかけの長い祈りをしていることも批判します(47節)。神様への信仰は見せかけのもので、それを商売道具にしていたのが彼らの問題でした。私たちも簡単にこの罠にかかってしまう危険があります。本当にシンプルに神様を信じる生き方を始めましょう。
2.本当の信仰
イエス様はまた、金持ちがたくさんの献金を、貧しいやもめがわずか二枚の銅貨を神殿でささげる様子を見て、「この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた(3節)」と言いました。それは、金持ちは有り余る中から献金をしましたが、やもめは生活費のすべてをささげていたことをイエス様は知っていたからです。神様はお金を必要としているわけではありませんから、本当に神様を信頼してささげている姿をイエス様は褒めておられます。
3.世も世にあるものも
最後にイエス様は当時建てられていたヘロデ大王が建造した神殿について話します。それは、非常に豪華絢爛な神殿でしたが、その見た目のすごさに見とれることに注意をうながして、どれもいずれ崩れてしまうことを告げます(5~6節)。実際、AD70年にはローマ帝国によって、神殿は破壊されてしまいます。「世も世にあるものも愛してはいけません。…世も世にある欲も、過ぎ去って行きます。しかし、神の御心を行う人は永遠に生き続けます(Ⅰヨハネ2:15~17)」世のものに心奪われて支配されるのではなく、永遠の神様に目を留めて生きることが大切です。あなたの心はどこにあるでしょうか。
<思い巡らし>
イエス様のように謙遜に/本当に信じよう/世のものではなく



