神の救いを仰ぐとき

イザヤ書52章1~10節  牧師 鈴木光

アドベント(待降節)に入りました。イエス様が与えられているという、クリスマスの恵みを覚えて過ごしましょう!

1.見よ、ここにいる
 イザヤ書はイエス様が誕生する何百年も前の神様からのメッセージです。しかし、ここには数えきれないほどたくさんの「救い主が来られる」というメッセージが記されています。イエス様は何となく登場したのでも、時代の流れで出てきた偉人でもなく、神様が語り続けてきた、約束の救い主だということです。
 そして、その方(イエス様)が来られる時、人は神様が「見よ、ここにいる」ということを知るようになる、と約束しています(6節)。
 イエス様は神様(聖霊)が体をもって、人間となって来られた方です。それは、文字どおり、見て、ここにいる、と私たちにとって最も分かりやすい姿で来てくださったと言うことです。神様は遠い空の向こうから気まぐれに私たちを見守る方ではありません。私たちを愛し、共にいて、共に生きてくださる方なのです。

2.良い知らせ
また、今日の御言葉はイエス様が来られたのは「良い知らせ」だと言います(7節)。しかもそれは、本当に様々な意味で良い知らせ(福音)なのです。
平和を与えるものとして、恵みとして、救いとして、そして、共に生きてくださる王としてイエス様は来てくれました。また、何よりも苦しみの中にあったユダヤの人々のもとに救い主として来られたように、人生には良いことだけではなく、悪いことも起こるのですが、それでも必ず最終的に神様は最善をしてくださるということをイエス様の誕生は証ししてくれています。

3.すべての人が仰ぎ見る
 このイエス様という救いを、「すべての人が」仰ぎ見ると言います(10節)。この良い知らせはユダヤの人々にだけ語られているのではありません。神様は私たちすべての造り主です。この聖書のメッセージは、つまりイエス様は私たちの救いなのです。クリスマスは世界的に祝われますが、これは外国の宗教のお祝いではありません。私たち一人一人に与えられた救いのプレゼントのお祝いの時なのです!

<思い巡らし>
イエス様は文字どおり私たちと共にいます/主は必ず最善をしてくださる良いお方です/誰かの他の人の話ではなく、あなたへの救いがイエス様です