雨、岩、ひとみ

申命記31章30節~32章18節

モーセがイスラエルの民に預言の歌を聞かせます。その内容はこれから神様を離れてしまうだろう民への最後の警告でした。

1.雨

 モーセの歌は警告を発する内容ではありましたが、それを聞いて彼らが主から離れず守られてほしいという願いの込められた教えの言葉でもありました。歌の冒頭でモーセは自分がこれまで神様から語るようにゆだねられてきた言葉が、「雨」や「露」のようだと表現しています(1~2節)。

 実に聖書に書かれた神様の御言葉は、植物にとっての雨や露のように命と活力を与えるものです。イスラエルの民に与えられた土地は乾季と雨季がはっきりと分かれています。雨季にもたらされる雨は、土地を柔らかくし、穀物を実らせるために無くてはならないものです。また、厳しい乾季には夜明け前の露が大切な水源となります。人を養い、良い時も厳しい時も命を与えて歩ませるのは、神の言葉です。御言葉に聞きなさい、と主の言葉に従い切ったモーセが最後に語りかけます。

 

2.岩

この世界を、そしてあなたを造られた主なる神様は「岩」だとモーセは歌います。第一に、岩は「揺るぎない確かさ」(4節)を表します。人の心や、この世の物は流されたり、移ろったりします。しかし、永遠の神様は揺るぎない方ですから信頼することができます。また、第二に岩は「守りと救いを与えるもの」(15節)の表現として用いられます。ダビデという王様は命を狙われた時、岩穴に隠れて難を逃れました。神様という岩陰に身を寄せる人は、どんな敵も恐れる必要がありません。

 

3.ひとみ

主は私たちを自分の「ひとみのように」守られる方です(10節)。ひとみは繊細で脆いものですから、いたわり、覆い守る必要があります。神様は私たちをそのように大切に、大切にする相手として見て下さっています。一方で私たちは主の愛に背を向けて離れる罪の性質があることをモーセは警告します。

主の愛から離れず、恵みを数えて忘れることなく歩みましょう。

 

<思い巡らしてみましょう>

恵みの雨のように御言葉を受けよう。主に信頼して、とどまろう。