生まれる日にまさる日

コヘレトの言葉7章1~6節  牧師 鈴木光

永眠者記念礼拝です。既に天にある兄姉と共に主を礼拝しましょう。

1.死ぬ日は生まれる日にまさる
「名声は香油にまさる。死ぬ日は生まれる日にまさる(1節)」と知恵の言葉は言います。死ぬ日が生まれる日にまさるとは一般的な考え方とは真逆だと思います。しかし、私たちにとって死は、地上の旅路を終えて天に帰る凱旋の日です。また、神様と共に描いてきた地上の旅路(名声)は、葬儀の儀礼の華やかさ(香油)に関わらず、神様の栄光と天国への希望に満ちたものです。永眠者は永遠の眠りについたものではなく、永遠の命にうつるため眠りについた者です。私たちも天の兄姉を覚えて、共に主の栄光を仰ぎましょう。

2.人皆の終り
「弔いの家に行くのは、酒宴の家に行くのにまさる。そこには人皆の終りがある。命あるものよ、心せよ(2節)」と続けて言います。死はすべての人の共通点です。人はそれを恐れて目をそらしたくなるものですが、むしろ信仰をもって見る時に、先述したとおりそれは希望があるものです。弔いの時、信仰をもって召された人々の旅路を見ると、私たちは確かに天に行った姿を心の内に見ます。天に向かっていく生き方を心に留める時、私たちの生き方も変わってきます。

3.顔が曇れば心は良くなる
「悩みは笑いにまさる。顔が曇るにつれて心は安らぐ(3節)」と最後に言います。悩みも苦しみも嫌なものです。しかし、それが確かに心を育て、それを経て真の安らぎを得ていきます。「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む…希望はわたしたちを欺くことがありません(ローマ5:3~5)」と聖書は言います。忍耐は我慢ではなく、神様と共に乗り越えていく力です。悲しみの時、悩みの時、神様を求め、向き合い、共に乗り越えていく時、その先に希望があり、またその時自体も恵みになっていきます。コヘレトの言葉は「すべては空しい(1:2)」から始まります。その心は、神様を知らなければ人生は空しいという真理を語っています。「塵は元の大地に帰り、霊は与え主である神に帰る(12:7)」主と共に残る旅路を力強く歩みましょう。

<思い巡らし>
天への凱旋/先に歩んだ兄姉の姿から/主と共に歩む生き方を