神殿の境内で

ルカによる福音書19章45節~20章8節  牧師 鈴木光

エルサレムにやってきたイエス様が最初に訪れたのは神殿でした。

1.祈りの家への招き
神殿にイエス様が来てみると、異邦人の庭と呼ばれる、ユダヤ人も異邦人も一緒に礼拝をする場所では、商売人たちが店を開いていました。とても礼拝の場所とは言える状況ではありませんでした。それを見て、イエス様は商売人たちを追い出して、イザヤ書の言葉を引用して厳しく戒めます(45~46)。「わたしの家は、祈りの家でなければならない」
このイザヤ書の個所には、まさにユダヤ人ではない人々も神様の前に招かれて礼拝することが書かれています。その神様の熱い想いのこもった招きを、神殿の管理者たちはないがしろにしていました。イエス様はそのことに強い怒りをあらわして、私たちみんなが招かれていることをその行動をもって示してくださったのです。
主はあなたを祈りの家に、礼拝の場に招いておられます。喜んで集いましょう!

2.イエス様の権威
民衆はイエス様の言葉に夢中になって耳を傾けましたが、祭司長や律法学者、長老たちといった神殿の指導者たちは、妬みと怒りに燃えてイエス様を殺そうと考えます。そこで彼らはイエス様にこう言います。「何の権威でこのようなことをしているのか(2節)」イエス様は主ですから、まさに神殿の権威そのものです。私たちもイエス様を主と認めて教会(神殿)を建て上げていきましょう。

3.人からのものか、天からのものか
イエス様は彼らの権威に関する問いに、逆に質問をして答えました。それはイエス様を迎える準備の働きをした洗礼者ヨハネの洗礼の権威は、「天からのものだったか、それとも、人からのものだったか(4節)」という問いでした。
指導者たちは、天からだと答えれば「ではなぜ信じなかったのか」と言われるし、人からだと答えれば、ヨハネを指示していた民衆に叩かれるからと恐れて、結局、「分からない」と答えてイエス様の前から退くことになりました。
この、人から、と答えると「民衆」が怖いという所に彼らの抱える問題の本質があります。すなわち、彼らこそが天からのものではなく、人からのものを土台に生きていたということです。問われているのは何を信じて生きているかです。天からのものを信じて生きるものとなりましょう。

<思い巡らし>
礼拝に招かれています/イエス様の権威とは/主を信じて生きよう