主の前に進み出る
詩編100篇1~5節 牧師 鈴木光
新年度主題の「主の前に進み出る(イエス様と集まる②)」の基にある、詩編100篇のメッセージを一緒に受け取っていきましょう。
1.礼拝の喜び
この詩編は礼拝に招く呼びかけの讃美歌となっています。「喜び祝い、主に仕え、喜び歌って御前に進み出よ(2節)」と言って、私たちを主の御前に招きます。
礼拝は習慣や義務ではなく、聖書の初めから「喜び」であることが語られています。「知れ、主こそ神であると。主はわたしたちを造られた」と言うように、私たちを造られた主である神様の前に立つときに、私たちは自分が何者であるかを思い出し、また自分の中から欠けてしまっていた部分が満たされる経験をします。
礼拝は「したほうがよい」ものではなく、私たちの生き方に元々から必要不可欠なものなのです。主の御前に進み出て、一緒に礼拝をしましょう。それは生き生きとして、霊的な喜びに満ちるものです。
2.悔い改めと赦し
「主は恵み深く、慈しみ(愛)はとこしえに(5節)」と詩編は続けます。主の恵みと愛が最もあらわされているのがイエス様の十字架です。本来は聖なる神様の前に立つことのできない罪のある私たちが、今や誰でも自由にイエス様の前に進み出て礼拝することができます。それは、イエス様が私たちの罪をすべて担って赦し、私たちを聖なる者としてくださったからです。
恐れずにイエス様の御前に進み出て、自分の罪を告白し、赦しを受けましょう。放蕩息子を迎えた父親のように(ルカ15章参照)、イエス様は喜んであなたを迎え、あなたはその愛の大きさを知ることができます。
3.愛の交わり
「主に養われる羊の群れ(3節)」というように、イエス様の御前に集まる時、イエス様自身が私たちを養い育ててくれます。礼拝に集まる時、ライフグループやミニストリーで集まる時、イエス様は私たちに語りかけ、また親しく関わってくださいます。教会の中でも外でも、いたるところでイエス様と共に集まり、その関係性を深めていきましょう。
<思い巡らし>
喜びをもって礼拝に集まり主の御前に進み出よう/罪を隠さずイエス様の前にもって出て悔い改め、赦しを体験しよう/イエス様と集まろう