成し遂げられた!

ヨハネによる福音書19章28~30節  牧師 鈴木光

受難週です。イエス様の十字架の苦しみを覚え、その救いを受け取りましょう。

1.イエス様は私たちの渇きを担った
今日の聖書箇所には、イエス様の十字架での最後の言葉が二つ記されています。まず一つ目は「渇く」でした(28節)。渇きは人間の体にとって本当に苦しく、そして致命的なものです。イエス様は十字架に至るまでも暴力によって瀕死になるまで痛めつけられただけでなく、渇きをも味わいました。
また、霊的な渇きも実は同様に苦しく、また致命的なものです。神様との関係が壊れ、そのため人との関係が壊れ、誰もが霊的な渇きをもっています。かつてイエス様がサマリア人の女性との会話の中で言われたように、イエス様(神様)によってしか癒されない渇きがあります(ヨハネ4章)。私たちの渇きを代わりに担ったイエス様を受け取って満たされるものになりましょう。

2.苦しみを余さず受けて
「渇く」と言うイエス様に人々は「酸いぶどう酒」を突き付けました(29節)。ようは酢です。それは、渇くものへのさらなる苦しめであり、また苦しみを最後まで持続させるための気付けでもあります。あまりにも残酷なこのこともまた、私たちが神様から離れて生きる結果受ける罰と苦しみのすべてを「余さず」受け取る姿をよく見せてくれています。
なぜ、そんなに苦しまなければならないのか。それは、私たちをイエス様が愛しているからです。この滅びと苦しみを受けることが無いようにと、イエス様はあなたに代わって十字架にかかられました。

3.成し遂げられた!
十字架上でのイエス様の最後の一言は「成し遂げられた」です(30節)。いくつもの意味があります。第一に、イエス様の救いは完成しました。イエス様は余さず罰をうけましたから、イエス様を信じる者は滅びの罰を受けずに天国の永遠の命を受けるのです。第二に、聖書で予告されてきたことが成就しました。これは思い付きや偶然ではなく、ずっとあなたを知っている神様の救いの計画です。最後に、イエス様は使命を果たしました。今私たちにも「自分の十字架(使命)を背負ってわたしに従いなさい」と言われます。与えられた命をイエス様に応えて生きましょう。

<思い巡らし>
十字架の救いは私たちの渇きを満たすもの/十字架の苦しみは私たちの身代わり/十字架の救いは既に成し遂げられています。応えて歩みだそう。