引き離すもの

ルカによる福音書4章1~13節  牧師 鈴木光

イエス様が活動を始める前に荒野で悪魔の誘惑を受けます。「誘惑」は神様から引き離そうとする働きです。イエス様は聖書の言葉によってそれを退けていきます。

1.何によって生きているのか?
 長いこと食べずに過ごして空腹のイエス様に悪魔は「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ(3節)」と言います。空腹はつらいものですから、別に良いのではと思いますが、悪魔の狙いは神様との関係を壊すことです。つまり、イエス様の中で神様を「体を生かすため」や「腹を満たすため」の手段にさせようとしてささやいたのです。
 イエス様は応えます。「人はパンだけで生きるのではない(4節)」
 確かに食べ物は重要かつ不可欠です。でも、人は何によって生きるのか、とイエス様は問いかけています。神様によって生かされ、生きている命です。

2.何のために生きるのか?
 次に悪魔は世界中の国々を見せて、自分を拝むならその権力と繁栄のすべてを与えよう、と誘惑します(6~7節)。権力や繁栄を得たら、人生の成功者として人々の羨望を浴びるかもしれません。それが生きる目標や人生の意義ならば意味のあることでしょう。でもイエス様は「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」と聖書に書かれていることを示します(8節)。
 私たちの価値や、人生が意味あるものであることは、もうとっくに主が証明しています。聖書のはじめから、私たちは極めて良いものであり、イエス様の命の価値が架けられた存在だと言われています。

3.その声を聞いて
 最後に悪魔は天使が助けると言う聖書に書かれた言葉を証明して、神様を試すようにイエス様を誘います(9~11節)。しかし、書かれた聖書の言葉を利用する悪魔に対して、イエス様は「『あなたの神である主を試してはならない』と言われている(12節)」と答えます。それは、イエス様が伝えたいのは「聖書の言葉を勉強して、より良い生き方を目指すこと」ではなく、その声を聞いてイエス様と共に生きることをこそ私たちに伝えようとしているのです。

<思い巡らし>
何によって生きているでしょうか/ なんのために生きているので
しょうか/ イエス様が招いている生き方とはどんなものでしょうか