自由になったのだ

コリントの信徒への手紙第二 3章4~18節 

新年度は「新しいぶどう酒は、新しい革袋に」を教会主題に歩み始めています。神様はいつも新しいことを行う方ですが、それは私たちを本当の意味で自由にするものです。御言葉から、自由になった新しい革袋としての生き方を覚えましょう。

1.文字は殺すが、霊は生かす(6節)
 旧約聖書の中心は律法です。それは、「~しなさい」「~してはならない」という、私たちが罪に生きて滅びることがないようにと与えられた大切な教えです。しかし、結局のところ正しくありたいけど、完全にはなれない私たち人間にとって、それは滅び(殺す)に至るものでした。一方で、新しい約束は、その私たちの罪をイエス様が完全に負って十字架で赦し、新しい命に生きるものとするものでした。
 私たちは、死に向かって生きる信仰ではなく、命を与えられて生きる信仰を持っています。それは喜びに満ちた生き方です。覆いをかけず、喜びを証ししましょう。
 
2.栄光に満ちた務めに召されて(9節)
 人を罪に定める務め(律法を守るように教える)を果たしたモーセは、神様の栄光に輝いていました。ましてや、人の赦しと永遠の命を告げるという、私たちに与えられた務めは何という栄誉でしょうか。福音は、持っている人が与えない限り、周りの人々は聞くことができません。栄光に満ちたこの働きに加わりましょう。

3.これで自由になったのだ!(16~18節)
 「主の霊のおられるところに自由があります」というとおり、クリスチャンの信仰生活は本当の意味で自由です。もちろん、それは欲望のままに罪を犯す自由ではなく、「罪の奴隷である状態からの解放」です。罪はあなたを支配します。しかし、神様に仕える人を神様は「友」と呼び、共に歩み、共に重荷をも担ってくれます。
 主に向き直ること(罪を悔い改めて赦しを受け取る)、イエス様の(聖書の)言葉に従うこと、そして何より枠や伝統ではなく聖霊の自由な働きに乗っかっていくことが、「自由に生きる方法」です。自由に大胆にイエス様と共に生きましょう!

<思い巡らし>
喜びを感じてますか。福音を伝えてますか。本当の自由を生きよう。