新しいぶどう酒は
マタイによる福音書9章14~17節
「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れる」というたとえでイエス様が話します。
1.花婿が一緒にいる時
洗礼者ヨハネの弟子たちが、イエス様のところに来て「私たちはよく断食をするのに、なぜあなたの弟子たちはしないのか」と問いかけます(14節)。イエス様は「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか」と答えます(15節)。信仰者たちにとって、「断食」は神様と真剣に向き合う時間を持つときに、よく用いられる習慣でした。断食自体はイエス様もしておられ、悪いものではありませんが、ヨハネの弟子たちも当時のユダヤ人たちも、「断食をして神と向き合う」という「信心深い行動」の目的と手段が逆転していたように見えます。
しかし、神様が人となられたイエス様(花婿)が私たちのもとに来た今、神様と向き合うという目的そのものがかなえられています。信心深い行動に逆に縛られてしまった人々に、主イエス様と共にいるという本来の信仰の喜びを気づくようにとイエス様は語っています。
2.新しい布、新しいぶどう酒
イエス様はたとえて次のように話します。新しい布は縮むので古い服に次ぎ当てると両方ダメになります(16節)。新しいぶどう酒は発酵してガスが膨らむので、古く伸びて硬くなった革袋を破り、両方ダメになります(17節)。
イエス様のおられるこの新しい福音の時代には、行いに縛られた古い信仰生活から、イエス様と共にいる新しい信仰生活に変わっていくことが大切です。
3.新しいことを新しい私たちで
今、世の中が大きく変わっています。信仰生活のあり方も変化があります。変化は不安も与えますが、私たちは主が「新しいことをはじめる」方だと知っています。ですから、変化してよかったことは前向きに受け取り、変えるべき古い私たちを新たにして、ただ以前に戻るのではなく、新しい歩みに向かっていきましょう。イエス様が共におられる新しい一歩には、悲しみではなく、必ず喜びがやってきます。
<思い巡らし>
イエス様が一緒にいる、喜びがある、新しい歩みに向かっていこう。