伝統的プロテスタント信仰に根づく教会です

 マタイによる福音書12章33~37節       

夏休み「イエス様につながる人の生き方」シリーズの二回目となる今回テーマは、「実のある良いことを言う生き方」です。

1.心にあふれること

 イエス様は「木の良し悪しは、その結ぶ実で分かる(33節)」と言われます。木は人、実は言葉です。その人の本質は、その言葉を聞くと分かるということです。 そして「人の口からは、心にあふれていることが出て来るのである(34節)」と言われました。

 どんなに見た目が立派でも、地位があっても、最終的には心の中にあるものが言葉として出てきます。あなたの心には何がありますか。あなたの心からあふれでるものは何でしょうか。自分の心を見てみましょう。

2.言葉の責任

 「人は自分の話したつまらない言葉についてもすべて、裁きの日には責任を問われる(36節)」とイエス様は続けます。

 「罪」というと、一般的には犯罪をイメージしますから、聖書の教えを聞いて「すべての人は罪人です」と知ると、そんなバカなと驚く人もいます。しかし、裁きの日に裁くのは人ではなく神様ですから、神様は行いだけでなく、言葉や、それが出て来る心も見て、知っておられるのです。そう考えてみると、少し恐ろしさを感じるでしょうか。確かに完全に言葉も心も正しくあるのは人間には無理でしょう。

 では、もうどうしようもないのでしょうか。

3.良い実の言葉を話すために

 幸いなことに、別の個所でイエス様はこう語っています。「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ(ヨハネ15:5)」イエス様を信じて心の内に迎えるなら、そしてその言葉を聞いて応えるなら、良い実を生み出すものであなたの内は満たされていきます。期待と希望をもってイエス様を迎えましょう。

<思いめぐらしてみましょう>

あなたの心にあるものは?言葉は?聖書の言葉で満たしましょう。