伝統的プロテスタント信仰に根づく教会です

イザヤ書62章6~12節                                  

 アドベント(待降節)の第二週です。イエス様がお生まれになったことが、私たちにとってどれほど大きな恵みなのかを、イザヤ書から学び受け取りましょう。

1.見捨てられることがない

国が滅び、囚われの民となったイスラエルの人々に、今日のイザヤ書の言葉は語られました。それは、当時の捕囚から解放という希望だけではなく、将来、つまり現在の私たちに与えられている大きな救いの希望をも語っています。

神様は救いを受け取る人々に「あなたは…捨てられることのない都と呼ばれる(12節)」と告げました。私たちの人生で最もつらいことの一つは、見捨てられること、忘れられて存在を認められないことです。「愛の反対は無関心」という言葉もあるように、関わりが断たれ、見放されたと感じるのは絶望的なことです。

イエス様の誕生は、神様はあなたを決して忘れていない、捨てられてなどいない、という高らかな宣言です。神様は自ら人となり、あなたのもとにお生まれになったのです。何者でもない普通の女性のマリアを通して、居場所のない街で飼い葉おけに生まれ、社会の隅に追いやられた羊飼いたちに伝えられたイエス様の誕生は、「あなたのもとに来た」というイエス様のメッセージなのです。

2.尋ね求められて

 「あなたは尋ね求められる女(12節)」と主は言います。私たちはみな、神様に造られた大切な存在です。しかし、同時に誰もが神様から離れて生きようとする罪の性質を持っています。それでも、私たちが神様に関心を示していないその時から既に、主は私たちを探し求め、救いを受けるようにと声をかけ続けておられます。イエス様の誕生は「わたしはあなたを尋ね求めている」という声でもあるのです。

3.見張りの人

 教会はこの知らせを先に受け取り、みんなに告げ知らせる「見張りの人(6節)」です。神様の愛と赦しを高らかに告げたいと思います。イエス様はあなたへの主の贈り物です。心に主を迎えて共にほめたたえましょう!

<思い巡らし>

神様はあなたを見捨てません、今も尋ね求められています。