エフェソの信徒への手紙4章1~6節
聖書的な信仰の背景もなく、創造主もキリストも全く知らなかった異邦人教会のエフェソの人々に、使徒パウロは 「教会としての歩むこと」を教えます。
1.「キリスト」に招かれて
教会は 「神から招かれた(1節)」者の群れです。神様は私たち一人一人を (まだ信仰を持つ前のあなたも)、「希望」にあずかるために招いています(4節)。
希望とはイエス・キリストご自身であり、またキリストにあって受け取ることを約束された数えきれない全ての恵みです。それは、「復活」であり、「栄光」であり、
「キリストのような者に変えられていく」ことなどです。
しつこい程に繰り返し呼んでいる、この 「キリスト」こそが教会を一つにします (4~6節)。みんながキ・リストと言う一人のために一致するのが、教会の真髄です。
2.一つの体、一つの霊
キリストにあって一つであるということは、単なるスローガンや概念ではありません。それは信仰者にとって不思議に満ちた現実です。
「体は一つ、霊は一つ(4節)」とあるように、私たちは一人一人違う個性豊かな人間として造られていると同時に、同じ聖霊(神様の霊)が内に住まわれる、地上に
おいての一つの 「キリストの体」なのです。
キ リストに生きる人は一人一人、教会です。地域にたてられたキリストに生きる人々の群れも、教会です。建物や地域、民族や国境や言語の違いなどのいかなる違 いにも縛られずに、全てのキリストに生きる人々は教会です。そして、既に天に召されたキリスト者も、まだ地上の旅路にあるキリスト者も、みな教会です。
この教会の豊かさを知ることは大きな祝福です。
3.みんなは一人のために
キリストの体なる教会は皆、キリストという一人に生きます。キリストを生きる者には一切の高ぶりも必要ありません。互いに赦し、愛を持って互いに忍耐し、キ
リストの思いを実現する者として歩みを進めるものとなりたいものです(2~3節)。
<思い巡らしてみましょう>
キリストはあなたを招いています。 キリストを生きるとは?