十字架の出来事
マルコによる福音書15章33~41節 牧師 鈴木光
受難週です。イエス様の十字架の受難を覚えて、救いの恵みを受け取りましょう。
1.十字架の叫び
イエス様は十字架の死の間際に「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか(34節)」と叫びました。これは詩編の22篇の言葉から来ています。そこには十字架の苦しみと、そこから主への賛美へと変わっていく不思議な、しかしイエス様の十字架を知ってから見ると確かにその意味がよくわかる言葉が記されています。
また、同時にこの叫びは、文字どおり、本来は私たちが神様を信じて従わずに生きていく時に最後におとずれる滅びそのものを表す叫びでもあります。私たちが神様を捨てたのですが、その結果は神様とは関係なく滅び去ることです。しかし、イエス様はその滅びを代わりに受けてくださいました。イエス様の十字架の意味を信じて受け取る者は、もはや裁かれることがありません。この福音の約束を受け取りましょう。
2.取り去られた隔ての幕
再びイエス様が最後の叫びをあげて息を引き取ったその時、神殿では至聖所と外側を隔てる境の幕が真っ二つに裂けました(38節)。至聖所は大祭司が特別な清めの儀式をして年に一度だけ、神様と謁見することが許される場所です。
しかし、イエス様が十字架で死なれた時、その隔ての幕はとりさられました。イエス様がすべての罪の代価を支払われたので、それを信じる者は神様の前に立つに相応しいものとされたのです。
今、私たちはいつでも、どこでも主を礼拝することができます。それは当たり前の恵みではなく、イエス様の命によって赦された者に与えられた特別な恵みです。感謝と喜びをもって主を礼拝しましょう。
3.証人たちの言葉
十字架にかけようとする人間たちの罪の汚さと、対照的なイエス様の十字架の姿を見て、異邦人でまるで聖書にもイエス様にも縁がなかった百人隊長が「本当に、この人は神の子だった(39節)」と証言しました。また、マルコが福音書を書いた当時も生き残っていたであろう婦人たちも十字架の目撃者でした(40~41節)。私たちもまた、イエス様の十字架の福音の目撃者になるよう招かれています。
<思い巡らし>
十字架の赦しを受け取ろう/主を礼拝しよう/福音を証ししよう



