触れていただくために

ルカによる福音書18章15~17節  牧師 鈴木光

イエス様のもとに小さな子どもたちが連れて来られます。弟子たちはそれを叱りますが、イエス様は喜んで子どもたちを迎えて弟子たちを諭します。

1.触れていただくために
人々はイエス様に「触れていただくために」子どもたちを連れて来ました(15節)。何かを教えてもらうためでも、助けてもらうためでもなく、シンプルに「触れてもらう」ということが願いでした。
実に信仰の核心の一つはイエス様に触れられることです。
イエス様は私たちに生きて関わってくださる方です。聖書の言葉が心に触れる時、出来事や人とのかかわりの中で主を感じる時、そして聖霊が不思議と私たちの霊を震わす時、私たちはイエス様に触れられています。イエス様との生きた触れ合いを求めて御前に進み出ましょう。

2.来させなさい、妨げてはならない
イエス様は弟子たちに「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない(16節)」と諭しました。
子供たちを、そして私たちが愛するすべての人々をイエス様のところに来るようにすることを教えられています。それは何かを教えたり押し付けたりする必要はありません。触れてくださるのはイエス様ですから、素直に来ることができるようにサポートすればよいのです。
また、妨げてはならないと言います。意外にも弟子たち(信じる者たち)が、勝手な線引きや自分たちの縄張り意識でイエス様のもとに来ようとする人を妨げてしまうことがあります。自分自身を振り返ってみましょう。

3.子どものように
そしてイエス様は「子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない(17節)」と言われました。同じ出来事を扱うマタイやマルコの福音書と比較してみると、ルカは子どもの中でも特に「乳飲み子(赤ちゃん)」を強調していることがわかります。
赤ちゃんは大人の助けが必要で、されるがまま、受け取るだけの存在です。
イエス様を信じるのは、ギブアンドテイクではありません。ただ、へりくだって、私の主として信じることです。私たちも子どものようにイエス様を迎えましょう。

<思い巡らし>
イエス様に触れられる/来させる、妨げない/子どものように