神の国

ルカによる福音書17章20~37節  牧師 綿引久美子

『神の国はいつ来るのか?』。ルカが伝えたかった『神の国の到来』についての話題に戻ります。

1.神の国(20,21節)
ファリサイ派の人々は『神の国はいつ来るのか?』とイエス様に質問します。イエス様は『神の国はあなた方の間にある』とお答えになりました。人の想像の中では、『神の国』と聞くと場所の名称のようなところをイメージします。地上を離れて向かう『天国』が一番先に思い浮かぶかもしれません。しかしイエス様が人となられ、この地に来られてからは、神の国の本質が表されるようになりました。『神の国』とは神様がご支配された所を示します。イエス様が来られたこの地上と、そして後に私たちの国籍のある『天国』も神の国です。神の国は、すでに来ているが、いまだ来ていない神の時間感覚で、存在しているのです。

2.人の子(22節)
イエス様は弟子たちに『人の子の日を1日だけ見たいと思ったとしても見ることはできないこと』ことを話します。『人の子』という神様の呼び名は、イエス様ご自身がメシア(救い主)であることを宣言する時に用いる呼び名です。イエス様だけが使う呼び名です。イエス様が救い主であるということは、『神の国』と深く密な関係にあることがわかります。イエス様に救われて、心にイエス様をお迎えして、私たちの心はイエス様が住まいとしておられる時、神の国が私たちの間に存在することが理解できます。イエス様を神様だと信じる人だけがわかる事実です。

3.人の子の日(33節)
今日の箇所では、『人の子』という言葉にさらに加えられた『人の子の日』という言葉が何度も出てきます。その日は『イエス様の再臨の日』です。ここで話は、後に来る『天国』の話は移っていきます。イエス様が来られる前に、大きな苦難が訪れること(大患難)、そして大患難が過ぎ去ると、神様の審判をもって、天国に入る人と入れない人に分けられることが伝えられます。この審判がすべての人が避けては通れないことであることも弟子たちに教えられるのです。
イエス様は、『人の子』として、ご自分に権威があること(王権)そして苦難の僕であること(救い主)しかもこのことが人に拒絶された結果もたらされること、ご自身が審判を下す者であることを私たちに教えています。イエス様がおられることで、
私たちが『神の国』に招かれることを強く語っておられます。

今一度、自分の中にある神の国の存在を見つめ、自分の未来としていずれ来る神の国への未来をどう生きたらよいのか?見直して新しい歩みを始めたいですね