めん鳥と雛(ひな)

ルカによる福音書13章31節〜14章6節  牧師 鈴木光

旅を続けるイエス様にファリサイ派の人々が声をかけてきます。

1.神様の計画は進んでいく
ファリサイ派の人々は、ガリラヤ地方の領主だったヘロデがイエス様の命を狙っているから立ち去ったほうが良いと言います。イエス様は「わたしは今日も明日も、その次の日(三日目ということ)も自分の道を進まねばならない」「(自分が)エルサレム以外の所で死ぬことは、ありえない」と答えます(31〜33節)」
イエス様はご自分にこれから起こる神様のご計画をよくご存知でした。それでも前進していく決意を持っておられました。決然と進むイエス様の姿の背景には、イエス様の私たちへの深い愛がありました。続く言葉や行動にその愛が見えてきます。

2.めん鳥と雛
イエス様は続けてこう言われます。「めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか(34節)」
神様は雛を自分の羽の下に集める母鳥のように、私たちをご自分のもとに招いておられる方です。羽の下にかくまわれる雛鳥をイメージすれば、それがどんなに安心感のあることか分かります。当時のユダヤの人々はそれに応じることはありませんでしたが、今、私たちが招かれています。この時に招きに応えて神様のもとに集まりましょう。

3.手をのばす父なる神様
今日は続くもう一つの出来事にも注目したいと思います。
安息日にファリサイ派の人の家に招かれてイエス様が食事をしていると、病気を患っている人がいました。安息日に治療をするのは(それを仕事とみなして)律法違反ではないかと批判的に見る人たちがいましたが、イエス様はその人を癒して言いました。「あなたたちの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか(5節)」
ここでイエス様は息子を助ける父の姿を連想させて語っています。安息日は元々、仕事から離れて父なる神様と向き合い、その愛を余さず受け取るために与えられた教えです。その本質をもう一度教えて、その愛を受けるようにうながしているのです。今日も神様は手を伸ばして、ご自分の救いにあなたを招いておられます。

<思い巡らし>
神様の羽の下に招かれている/のばされた神様の愛の手を握ろう