狭い戸口から入れ
ルカによる福音書13章22~30節 牧師 鈴木光
弟子たちと共に旅を続けるイエス様にある人が質問を投げかけてきました。
1.救われるとはどういう意味か?
「主よ、救われる者は少ないのでしょうか(23節)」とその人は問いかけます。
そもそもですが、救われるとはどういう意味でしょうか。日本語のニュアンスでもいろんな意味合いがありますが、聖書で使われる救いという言葉もいろんな要素を含んでいます。
旧約聖書最大の「救い」の出来事である出エジプト記に記された、イスラエルの民のエジプト脱出を例に考えてみましょう。一つには、「過越」の出来事をとおしてイスラエルの人たちが死の呪いから救い出されて命が守られたこと。またもう一つは脱出そのものがエジプトの奴隷の立場からの解放(救い)で、約束の土地に神様の民として向かう出来事でした。
一方で新約聖書最大の「救い」はイエス様の十字架と復活によるものです。それもまた、死と滅びから救われて永遠の命を得ること(ヨハネ3:16~17)、罪の奴隷から自由になって新しく神様の子として生きること(ローマ6:6~8)があります。そして今日の個所では「神の国(28節)」に入れられることもその先にある救いの約束だと言えます。
2.狭い戸口から入れ
聖書の質問に戻ってみますと、その罪や死から救われ神の国に入れられる人は少ないのでしょうか。その問いかけにイエス様は「狭い戸口から入るように努めなさい(24節)」と答えられました。これは、天国に入るのは狭き門で弾かれる人が多いという意味ではありません。別の個所(マタイ7:13~14)も合わせて考えてみると、どんな門からでも入れるのではなく、イエス様を通ってしか入ることはできないから(ヨハネ14:6)、「入り口を間違えないようにしなさい」ということを語っているのが分かります。
3.呼ばれている時に
「主人が立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは(25節)」遅いので、ユダヤ人や異邦人の区別なく、すべての人がイエス様の十字架と復活をとおして天国に招かれている今こそ、信じて救いを受け取るようにと呼びかけられています。
<思い巡らし>
罪や死、滅びからの救い/天国の入口はイエス様/呼ばれている今