怒りの杯
エレミヤ書25章1~17節 牧師 鈴木光
いよいよ強国バビロニアの攻撃を受け、捕囚なるに至って、ここで全体をまとめるようなメッセージがエレミヤをとおして語られます。
1.聞いて、従いなさい
捕囚直前に神様が語られたことは、これまで人々が多くの預言者をとおして語られてきた神様からのメッセージに「耳を傾けず、従わなかった(4節)」という事実でした。
裏を返せば、今日、私たちに語られているシンプルで決定的なメッセージは、「神様の御言葉を聞いて、従いなさい」ということです。
聖書の言葉を聞くことが第一歩です。聞かなければ従いようもないですから。そして、聞くだけで行わないなら意味がありません。イエス様も語られているように「聞いて行う者」になりましょう(マタイ7:24~27)。
2.従うべきものを確認しなさい
もう一つ破滅を招いた原因として語られていることは、彼らが神様を捨てて、自分たちの手で造った物に仕え、ひれ伏し、従ったことでした(6節)。意識的に神様を捨てて偶像に仕えることは少ないかもしれませんが、他のもの「も」神様のように従うことがあるかもしれません。
イエス様のまわりにもイエス様「に」従う弟子だけではなく、イエス様「にも」従う群衆はたくさんいました。あなたはイエス様に従う者として招かれています。
3.与えられている恵みを当たり前と思わない
これから訪れる裁きの結果、ユダヤの地からは「喜びの声、祝いの声、花婿の声、花嫁の声、挽き臼の音、ともし火の光」が絶えさせられると語られます(10節)。私たちは与えられている喜びや日常を当たり前のものとして受け取っているかもしれませんが、そうではありません。恵みを数え、喜びと感謝をもって仕えましょう。
4.怒りの杯はイエス様が飲まれた
最後に神様の裁きが「怒りの杯(15~17節)」と表現されています。私たちがこの裁きを受けず当たり前のように恵みを受けているのは、イエス様がこの杯を神様の御心に従って受け取ると告白して、十字架の裁きを受けたからです。イエス様の身代わりによって与えられている命と知り、感謝をもって従う者になりましょう。
<思い巡らし>
聞いて従う/イエス様「に」従う/当たり前でない恵み/杯の行方