使命を果たす言葉
イザヤ書 55章1~11節 牧師 鈴木光
教会暦でアドベント(待降節)に入っています。イエス様の誕生を覚え、私たちにイエス様が与えられている恵みを思い巡らしていきましょう。
1.魂の渇きを癒すかた
イザヤ書はイエス様が生まれる数百年前に書かれていますが、そこで語られている「救い主」の姿はまさにイエス様のことでした。
まず、今日の個所ではイエス様が「私たちの魂の渇きを癒すかた」だと語ります(1~5節)。実際、イエス様は単なるのどの渇きや空腹だけではなく、私たちの内側にある渇きを癒し、満たしてくださるかたでした。たとえば、深い闇を抱えたサマリア人の女性にイエス様は話しかけ、チグハグな会話の中から少しずつ彼女の中にある本当の飢え渇きを明らかにして癒していきました(ヨハネ4章1~30節)。
「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい(同上7:37)」とイエス様は招いておられます。イエス様のもとに行きましょう。
2.私たちに与えられた赦し
第二に、イエス様は「私たちに与えられた赦しそのもの」です(6~7節)。「求めなさい、そうすれば与えられる(マタイ7:7)」とイエス様自身が語っていますが、神様が与えてくださる中でも最高のものは「ご自身(イエス様)」です。
イエス様は私たちが神様から離れて生きて、滅んでいくことを良しとなさらず、十字架にかかって代わりに滅びるために来てくださいました。クリスマスはその記念している出来事(イエス様が与えられた)こと自体が最大のプレゼントです。すべての罪を悔い改めてイエス様を心に迎えて赦しを得ましょう。
3.私たちを生かす十字架の主
最後に、イエス様は「私たちを生かす十字架の主」です(10~11節より)。
イエス様は神様の使命をもって地上に人となって生まれました。その使命とは「十字架で代わりに滅びること」です。この方の死によって私たちは命を得ました。
イエス様は私たちにも「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい(ルカ9:23)」と言われます。十字架、つまりそれぞれに与えられた神様の使命を受け取って従うということです。イエス様を主として迎え、共に従う歩みをはじめましょう
<思い巡らし>
イエス様は渇きを癒す方/赦し主/命を与える十字架の主です