伝統的プロテスタント信仰に根づく教会です

マタイによる福音書25章31~45節                                

 夏休み「イエス様につながる人の生き方」シリーズ。今回のテーマは「神を愛し人を愛する生き方」をイエス様のたとえから思いめぐらしてみましょう。

1.羊と山羊の話(31~33節)

 今日の箇所は、先週のタラントンのたとえ話の続編です。ここでは、イエス様はストレートに、ご自分の隠された栄光が明らかにされる時(最後の審判の時)、すべての人が羊飼いによって、羊は右に、山羊は左に分けられると話します。羊飼いとはイエス様、王様は父なる神様、羊と山羊は人、さらに羊は、日常生活で、イエス様に忠実に従って暮らした人、山羊はイエス様に従うことを怠って日常生活を送った人、つまり不忠実な人をたとえています。あなたは自分を羊だと思いますか?山羊だと思いますか?

2.羊と山羊の生活(34~36と41~43節)

 イエス様は具体的に、羊の日常生活と山羊の日常生活を教えます。羊は『わたしの父に祝福された人』(34節)と呼び、山羊を『呪われた者ども』(41節)と呼びます。その決定的な違いが、『小さな者のためにあなたは何をしたのか?』ということです。小さな者は私自身だ、とイエス様は言います。イエス様が人として来られた時、彼の居場所はありませんでした。そして、これから罪人と共に十字架刑につけられるご自分を、「小さな者」と呼んだのです。「小さな者」(弱く虐げられる者)を愛し、自分のように大切にする人は、イエス様に忠実に従う人のしるしとなります。良いことをするからしるしになるのではありません。神様がその人の内に働いているから、小さな者にも優しくできることをイエス様は見ておられるのです。

3.神様だけが見ている(37~39と44~45節)

 私たちの日々の生活を生きている神様は、くまなく見ています。隠れた所もです。神様の価値観や眼差しは、私たちとは異なります。そして、私たちが無意識に行った小さなことに目を留められているのです。 「小さな者」を愛せるようになる秘訣は「イエス様を愛すること」から始めることです。そしてイエス様を愛したならば、イエス様のように人を愛したいと思うようになります。そうすれば自然に、自分が苦手としている人に対しても、イエス様によって優しくすることができます。

その小さな心の変化をイエス様はあたたかい眼差しでいつも見ているのです。安心してください。神様はあなたの小さな心遣いをちゃんと見ています。