ひそかに笑う
創世記 18章1~15節
アブラハムとサラのもとに主(のみ使い)があらわれます。
1.マムレの樫の木
その日、アブラハムの前に三人の御使いがあらわれたのは、マムレの樫の木の所でした(1節)。アブラハムはすぐに三人が主ご自身の使いであると気づいたようです。ひれ伏して、彼らを迎え、もてなしました。そして、ついに子どもを与えられる具体的な知らせを聞かされたのです。
マムレの樫の木は、アブラハムがこの地に来て住まいを定めた場所であり、何よりも神様を礼拝する場所でした(参考13章18節)。ここで彼は神様からの約束を繰り返し聞き、長い時間を過ごしてきたのです。神様と向き合ってきた時間の積み重ねが、三人の旅人のおとずれを主の呼びかけだと即座に確信させました。
人にはそれぞれ「マムレの樫の木」が必要です。あなたにはその木陰に腰を降ろし、いつも主と向き合う場所がありますか。
2.サラへの呼びかけ
三人の御使いは、アブラハムに妻のサラに来年男の子が生まれると告げました。しかし、それはアブラハムへの言葉という以上に、サラへの呼びかけでもありました。彼らはわざわざ彼女が聞いていることを確かめて語ったのです(9~10節)。
主は一人ひとりに語りかけます。たとえ起きる出来事が同じだったとしても、一人ひとりに違った意味があります。主はあなたを見ています。あなたに語りかけています。聖書の言葉は、ついでにではなく、あなたに語られています。
3.ひそかに笑う
サラは自分が年老いていることを理由に、子どもが生まれるという話を聞いても信じることができずに思わず笑ってしまいました。その笑いは、常識を超える考えへの否定の笑いです。しかし、アブラハムも、そしてここでサラも、主ならできると信じました。そして、サラは子を得て、その子に「笑い(イサク)」と名付けます(21:6)。神様は全能の主です。本当に信じる時、喜びの笑いが与えられます。
<思い巡らしてみましょう>
1.あなたにはマムレの樫の木がありますか。2.聖書の言葉が自分に語られていると感じたことはありますか。3.信じて喜びを受けたことがありますか。