完全無欠な羊飼い
詩編23篇1~6節
詩編は祈りの言葉が集められています。今日は23篇に目を留めましょう。
1.完全無欠の羊飼い
「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない(1節)」という告白の言葉で、この23篇は始まります。主は羊飼いのように、わたしたちを養い、導いてくださる方です。特に「何も欠けることがない」という通り、本当に私たちの必要をすべて満たしてくださる方なのです。
2.そこにいること
一方で、人生にはうるわしいばかりではなく、暗い時もおとずれることがあります。しかし、この詩編は続けて言います。「死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる(4節)」
羊は視野が非常に広いのですが、距離はあまり見通すことができません。近視だと言われています。ですから、自分の影におびえることすらありますし、暗やみを嫌います。そんな時に、頼れる羊飼いが共にいてくれることは、何より嬉しいことです。厳しく感じるような羊飼いの「鞭」や「杖」も、「そこにいてくれる」と感じられる安心の源となります(同4節)。主はあなたと共におられる方です。
3.羊のために命を捨てる
羊飼いは危険の伴う仕事です。単に羊を放牧するだけでなく、野犬や羊泥棒などと戦う必要もあります。そのようにして、羊を守るのです。
イエス様は御自分のことを、こう話しました。「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる(ヨハネ10:11)」
まさに、十字架の犠牲を通して、命を捨て、私たちに命を与えてくださったのはイエス様です。だからこそ、この詩編はこのように告白して終わります。
「命のある限り、恵みと慈しみはいつもわたしを追う。主の家にわたしは帰り、生涯、そこにとどまるであろう(6節)」地上の歩みにあっては、恵みがあふれ、その歩みを終えても、天国の永遠の命が与えられているとは、何という幸いでしょう。
<思い巡らしてみましょう>
主は羊飼い、私たちは羊です。この信仰を告白しましょう。