さよなら、悪霊

マルコによる福音書1章21~34節

ガリラヤの町でいよいよイエス様が福昔を伝え、癒しや奇跡を行いはじめました。

1.権威ある者の教え

力ファルナウムという町を中心にしてイエス様は活動をはじめました。今日の箇所には会堂で人々に聖書の教えを語る様子が記されています。その教えは律法学者たちのような学問的なものではなく、「権威ある者として」の教えでした(22節)。学者たちは聖書の解説をしていたかもしれませんが、イエス様は言ってみれば聖書の「書き手」である主であり、「主人公」である救い主でもあったわけです。当然のことながら、本人の語る言葉の一つ一つに人々は権威を感じました。
 今日の箇所には 「権威」という言葉が繰り返して使われています。それはまさにイエス様が主であるということを示す権威のことなのです。

 2.さよなら、悪霊

言葉で教えるだけでなく、イエス様は悪霊を追い払い、超自然的な存在に対してさえも命じ従わせる「権威」があることを示されました(27節)。悪霊は私たちが神様から離れて生きて、滅びるようにとねらっています(Iぺトロ5:8)。今の時代は悪霊が努カするまでもないほど、神様から離れて生きる人の多い時かもしれません。あるいは、もっと狡猜に神様を信じさせないようにする力が働いているかもしれません。いずれにせよ、主イェスを信じるもめは恐れる必要はありません。主イエスは目に見えないものに対しても主なのです。

 3.いやす権威

イエス様はまた病気の人たちを癒されました。弟子としてイエス様に従うペトロ のしゅうとめの熱病も癒されました(31節)。悪霊のような超自然への権威と同時に、ここでは自然に対してもイエス様は権威があるということを教えています。一言にすれば、イエス様は 「全ての主」なのです。        
 その主が人になられたのは、ひとえにあなたへの愛のため、あなたの救いのためです。信じて主として心に迎える人は救われます。

 <思い巡らしてみましょう>

イェスは主です。全てのことに権威をもっておられます。