賛美と感謝を歌え

詩編 30篇1~13節

永眠者記念礼拝にちなんで、詩編の言葉から命の恵みについて思い巡らします。

1.死と滅びからの救い

詩編の大部分がそうであるように、この詩編30篇も「ダビデの詩」と呼ばれています。ダビデは神様をほめたたえて、こう歌います。「主よ、あなたはわたしの魂を陰府(よみ)から引き上げ…わたしに命を得させてくださいました(4節)」

「陰府」は死者の眠る場所として聖書の中に登場します。人が死に、この陰府に打ち捨てられたままならば、本当に寂しく恐ろしい滅びとなります。しかし、私たちにはダビデが語っている通りの希望が与えられています。それはイエス様が復活し永遠の命を信じる者すべてに約束されたことです。ダビデは信仰によってこの永遠の命をはるかに望み見ていました。今、私たちには目の前に命の約束があります。「独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得る(ヨハネ3:16)」

永眠者とは永遠に眠る者ではなく、永遠の命に生きるために眠りについた者です。

2.罪の赦し

またイエス様は私たちが滅びることのないように、十字架で私たちの罪の罰を代わりに受けてくださいました。主は正しい方ですから、罪を見過ごすことはできません。しかし、「お怒りになっても命を得させることを御旨として(6節)」赦して下さる方です。そのためにイエス様は十字架で「死」を代わりに受けられたのです。

「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります(Ⅰヨハネ4:10)」

3.命の意味

この詩編30篇には神様への賛美の言葉があふれています。特にダビデはこう歌います。「わたしが死んで墓に下ることに何の益があるでしょう。塵があなたに感謝をささげ、あなたのまことを告げ知らせるでしょうか(10節)」既に天に召されたものは天において、まだ地上にあるものはこの地上で、「共に」主をほめたたえて生きるのです。やがて天で合流して主を賛美する日まで。

 

<思い巡らしてみましょう>

イエス様の下さる命と愛を覚え、天での再会の希望を喜びましょう