伝統的プロテスタント信仰に根づく教会です

 創世記 26章1~14節                     

  アブラハムの生涯に続き、その息子イサクの歩みに目をとめます。

1.受け継いだ信仰

 親から子へと受け継がれたものがあります。まずは何よりも「主の呼びかけに応える」信仰です。イサクは飢饉(ききん)がおきても、主の呼びかけに応えて命じられた土地に住み留まりました。その結果、祝福を受けました(2、6節)。

この信仰は父アブラハムから受け継いだものです。とはいえ、信仰は遺伝的に生まれ持つものではありません。親の生き方を見て、受け継いでいったものです。

父アブラハムは主の呼びかけに応えて故郷を発ち、約束の土地と子どもを得ました。また、主は必ず命を与えてくださると信じて息子イサクをささげることを決心し、まさに命を得ました。信仰は持つだけでなく、「生きること」で現実に見えるものとなります。あなたは信仰に生きていますか。

2.受け継いだ契約と祝福

 神様がアブラハムに与えた、土地と子孫の祝福の約束もイサクに受け継がれました(3~5節)。主は約束したことを決して破ることはありません。そして、現在の信仰者にもこの契約はさらに大きな祝福となって与えられています。

私たちが受け継ぐ信仰による約束は、イエス様の十字架の死と復活を通して明らかにされた、天国という永遠の命の土地と、ともに生きる神の国の家族です。

3.受け継いだ失敗

 一方で、負の遺産も受け継ぎました。アブラハムがかつてやったのと同じように、イサクも自分の身の安全のために妻と周りの人々を危険にさらす嘘をついたことです(7~11節)。イサクが生まれる前の失敗ですから、おそらくアブラハムはそのことを話さなかったのでしょう。しかし、自分の過ちを認めて、次の世代にそれを引き継ぐことがないように、負の遺産の連鎖を断ち切ることは大切です。失敗とそこから学んだことを分かち合う事は、本当の祝福につながります。

 主は悔い改める者を必ず赦し、幾千代にも及ぶ祝福をくださる方です。

<思い巡らしてみましょう>

 まわりの人々に分かちあうべきこと、連鎖を断ち切るべきことは何かありますか