2020年8月15日 土曜日

礼拝説教要約(4/26)

思いがけずコロナウィルス感染拡大防止の為に、礼拝を休まざるを得ません。しかし、礼拝説教要約を皆さんのところに送ることで、家庭礼拝の手引きに従って、「自分の場所で礼拝出来る」という特別な恵みを与えられました。説教の聖書個所はディボーション誌「マナ」によります。

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「祈り」

祈るときにも、あなたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。だから、あなたがたは祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる(マタイ福音書6:5-6)

今回のテーマは「祈り」です。祈りの本質が示されています。それは、祈りは人に聴かせるものではなく、神様に対してささげるものだ、ということです。

 しかも「隠れたところにおられる」神様。私たちの目には見えないけれども、確かにいらっしゃって私たちがささげる祈りを聴いて下さる方、それが神様です。

 今回のコロナウィルスに関しても「見えないから怖い」と言った方がいます。見えないけれどもその存在を信じているのです。

 それはクリスチャンにとっては「見えないけれども、たしかにいらして、祈りをきいて報いてくださる方」の存在を信じることとも言えましょう。

 そしてくどくどと祈るな、とイエス様はおっしゃいます。ストレートに願いを申し上げればよいのです。牧師としてよく訊ねられることに「祈りの内容はどういうものですか?」ということがあります。それに対して私は「猫とさかな」と答えています。

 ね・・・願い

 こ・・・告白(自分の罪を告白して赦しを乞う)

 と・・・とりなし(家族や友の為に祈る)

 さ・・・賛美(主をほめたたえる)

 か・・・感謝(請求書ばかりでなく、祈りがきかれたら領収書も発行しましょう。)

 な・・・なんでも(そう。なんでも訴えていいのです。)

公同の礼拝を休まざるを得ない、危機的な状況のなかで、私たちはそれぞれの場所で真剣に祈ってまいりましょう。隠れたところにおられる神様は、その祈りをおききあげくださいます。


1 コメント

  1. Comments  川口 喜久子   |  2020年4月 25日, 土曜日 at 21:15

    PCの調子が悪くなったのでスマホのインターネットで大宮の風を開きました。よかった(^^)家庭礼拝の手引きに従って明日礼拝します。
    今、久しぶりに「慈しみ深い」を歌っています。
    ありがとうございます。

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