2018年9月19日 水曜日

2014年6月のアーカイブ

庭師来訪☆

今日の礼拝に親教会である勝田から当番のFさんと昔からの知り合いのKさんがいらした。

二人とも常陸大宮の教会開拓初期にかかわったメンバーであり、このチャペル建設の際には、

惜しみなく援助の手を差しのべてくださった方々である。

 

特にKさんは「念願だった常陸大宮チャペルの礼拝に、出席出来て良かった!」と、

感慨深げであった。そして、ここのところ、目にとまった「健康のすすめ」も

プリントしてきてくれた。さっすが~! 元校長先生!!

この9月で満80歳になるというが、小学生の率直な言で「ゲッ!若いじゃん!!」という見た目。

 

その中に「少肉多菜」というのがあった。

思わず「今日のランチは この通りです」と言って、みんなで大笑いした。

とにかく野菜が豊富なのが、常陸大宮サンデーランチの特徴かも。ふふふ。

 

ランチの後、勝田に帰る男性二人に、気になっていた庭木の剪定をお願いした。

ツリー用のモミの木と、花壇の隅の月桂樹とが、野放図に伸びてしまっていたのだ。

勝田での経験値があるだけに、きれいサッパリ仕上げてくれた。良かった×2.

最初に来訪を告げる電話を受けた時には、思ってもみなかったことであるが、

こうして作業してもらったら、思わぬ「庭師来訪☆」という案配になった。深く感謝。

 

そういえば、私の旧友の所にも、「庭師来訪」という機会があったそうな。

同じ中国語講座のお仲間が、友達がさしあげたクッキーのお礼にと お庭を綺麗にしてくださったそうな。

そちらの方も 玄人はだしの特技を発揮されたとか。旧友も思いがけない返礼を喜んでいた。

 

一人一人得意分野が違うからこそ、互いにその特技を出し合い、喜び合える・・・

見事なまでの『友情の輪』ですぅ。 年々、その輪が拡がってきているように感じる。

若い頃は 一人で何でもこなさなきゃ! という思いが強かった。

特に団塊の世代は、競争の原理が働いて、人を出し抜くことに快感を覚えていたかも。へへへ。

 

しかし、このトシになると、「頼り、頼られる」心地よさ、というのを体験するようになった。

それだけ、人に助けてもらう「謙虚さ」も身につけるようになったのかもしれない。(笑)

そういう意味で、人は変わりうるし、ある意味、「成長しつづける」もんだなぁ・・・と思う。

 

「賜物を 互いに用い 仕合わせに」

しわがよる人生の秋も いいもんだ!!!

 

 

栄養指導★

なんか、かんか一週間が過ぎて・・・気がついたらもぉ土曜日。

4月のイースターに決心してから3日は空けずに書いていたこのブログも・・・ごらんの通り。(>。<)

 

火曜日には大学同期生のチャペルトークをして、いつものように大いに盛り上がった。

バイオリニストの天満敦子さんのコンサートに行って「感激した!」との友がいて、

コンサートの中でのトークあれこれに、思わず「ふん、ふん、そんなことが~あったのぉ?」なんて

興味津々で耳をダンボにして聞いてしまった。それぞれの体験を分かち合って

共感できるのが・・・旧友との交わりの芯かなぁ。

 

6時間後にいよいよ帰宅、という段階で軽自動車で来ていた友の車、バッテリーあがり!!!!

幾ら鍵を回しても、空回りの音がするだけ。これって・・・プロにお願いするっきゃない。

自動車屋さんにSOSの電話をして来てもらった。すぐにエンジンはかかったから良かったが、

ン千円の出費はちょい痛かったろう。どうやら半ドアが原因だったらしい。

夏場でもそんなことあるのだから、皆様方 どうかご用心を。

 

水曜日の朝、透析に出かける夫が着替えをしていたら、右足親指の爪付け根部分から出血!!!!!

応急処置をして行った先のクリニックで「これは骨折よ」という診断。

血液サラサラ薬を飲んでいる関係で、なかなか血が止まらない。

幸い、夕方 東海村の整形外科にかかっているので、そこでも診てもらう。

やはり骨折。添え木をあてて、包帯で巻かれる。

ぶつかった時には痛いはずなのに、神経障害で感じなかったらしい。

本人も「私は鈍感だと思っていたけれど、ここに来て こうなるとは・・・」と、がっくし。

 

木曜日には、その為の化膿止めの薬を処方してもらったものを クリニックに取りに行く。

昨日来の「想定外の出来事」に、私はかなり プリプリしていた。

すると夫は「いつもなら『ごめんなさい』というところだが、今回はただただ『ありがとう』と言うよ」と。

先に相手からそう言われてしまうと、怒れなくなっちゃうよねぇ。

週末の「バァバのお菓子屋さん」に向けて、お菓子を焼かなきゃと焦る心を なんとか落ち着ける。

 

金曜日の午後、透析クリニックにて、前から予約していた『栄養指導』を受けた。

と言っても、私はそんな『指導』なんて受けたくなかったのだが。(この種の指導は大の苦手)

しかし、夫の採血検査の結果、「カリウム値」と「リン値」が危険域なのである。

「食生活の改善を」というのが 栄養士さんの指導のねらいである。

だからこそ「ぜひ奥様に来て頂いて、指導を受けて下さい」となる。あ~あ。

 

やはり、果物やししゃも・しらす等を摂取したことが 数値に表れたみたい。

初心に返って、果物を控え、野菜はゆでこぼすなり、水でさらすなりしないとね。

水分摂取の一日限度が911ミリリットル、塩分量は7グラム。

1540キロカロリーでありつつ、タンパク質は59グラムとってほしいとは。うわぁ! 厳しい!!

 

夫が嘆く。「栄養指導と言うけれど、摂取制限が主になって それで気分まで塞がれるんだよねぇ。。。

結局、そんなにまでして生きていたいのか・・・となって、制限解除を勝手にしちゃうことになる。」

私も答える。「確かに、これもダメ、あれもダメ、は辛いよね。けれど、あるところまでは

枠を意識して努めることが 大事かもね。そうして 『あと3年生きていられたら、孫の小学校入学の晴れ姿を

見ることも出来る!』と、自ら励ましていくことも ありよ。」

 

さっそく今朝から水分を計量。ん、ん。やっぱキツいなぁ。。。。。

でも、夫は ひたすら忍耐している。忍、忍、耐、耐、耐乏の日々の始まり。

 

「口にする 食べ物限られ どん詰まり」

ん~ これってかなり状況に支配されてるって感じ。局面打開策を考えないと、ね。

 

「耐乏が いつか希望に 変わる日も」

 

 

父の日

昨日、6月第三日曜日は「父の日」でした。

とは言え、母の日ほどポピュラーでなく、デパート商戦の一環としてだけ華々しい日になっている感がする。

それでも世のお父様方は暗に期待している向きがあり、先週の常陸大宮お菓子教室でも

父の日プレゼント(うーん、ここは夫へのプレゼントと言うべきか?)向けにナッツを使った

ビッグなアメリカンタイプのクッキーを紹介した。

 

土曜日に開いた「父の日プレゼント作り子ども会」には、15名ほど子どもが集まり、

これまたみんな大好き「グラノーラクッキー」をたくさん焼いた。

こちらは、子どもなので文字通りパパに向けて「お父さんありがとう」のカードも書いた。

プレゼント用に包装したものと、自分で食べる分とを合わせて持ち帰った子どもたちは

幸せそのものという顔をしていた。ま、そんなこんなで先週はわたし的には、サービスウィークになった。

 

さて。マイホーム的にはどうであったか・・・

夫においては、子どもは一人。嫁いだ娘だけ。

彼が期待しているのは、百も承知。で、古女房は娘に「お願いメール」を送った。

「あなたと孫のももちゃんが写っている写真をケータイに添付して送ってね」と。

 

なんせ、この父と娘。本当に仲良し親子であった。

娘が三歳になった年の年賀状の文言が次の通り。

「父親の偏愛にゆがめられず、母親の放任にめげず、神様と人とに愛されて育っております」と。

 

そもそも出産した当初、私に向かっていた夫の愛情がすべて娘に注がれてしまい、

私はかなり むくれてしまったものだ。 出産祝いに来てくれた旧友から

「めーちゃん、赤ん坊に嫉妬して どーすんのぉ!」と諭されたほどに。ぐふふ。

 

普通は母子密着型になり、そこからはじかれた若いパパが疎外感を味わう というのが相場であるが

我が家の場合、疎外されたのは、赤ん坊を産んだ若い母親であったのだ。

それから ン十年、父と娘は睦まじく暮らしましたとさ。それが論より証拠には

結婚式で娘が読んだ「両親への感謝の手紙」なるもの、その7割がたが父親に関するコメントで

私に関しては・・・3割あったかどうか。。。。。。

幸いに婿さんが、私と気質が合っていて、息子を一人得たような気分も味わわせて頂いた。

 

結婚して9年、孫も生まれて4年。娘も一家の主婦としてしっかりと横浜で根を張っている。

でも、時折 夫は「愛(娘の名)は、いい子にしているだろうか。。。。」とつぶやく。

すかさず私は「何が『いい子』なもんですか! 結婚し、4歳の子の母親をつかまえて!!」と

たしなめることにしている。いつまでも「親業」から卒業できないんだからぁ~~~

 

それで、ケータイ写真は届いたのですかって?

はい。先日写真館で撮った小さい画像が。

実は、私のケータイに先週送られてきて、夫に見せたら「小さくて良く解んない」と言ったモノ。

そうじゃなくて、大きめの新しい写真を送ってもらえたら 最高☆ だったんだけれど。

娘からは「次回、横浜に来たときに、ね」という文言がありました。

ま、依頼には応えてくれたワケで、これで良しとするしかない。。。。。。

 

がっかりしている夫に、かたわらの妻は「愛してるよん♪」を連発しましたわさ。

そう。いくら娘がかわいいといって、最後まで連れ添うのは、古女房。

ふぉふぉふぉ~ん!! だいぶ鼻息が荒くなってきましたよん。(笑)

 

「父の日に 愛を告げるは 古女房」 はははのは★

 

 

 

 

お菓子教室

勝田時代に 趣味のお菓子作りを伝授する集会を開いていた。

5年半前に常陸大宮に引っ越してから、そのお菓子教室をここでも、いつ開いたらよいか、考えていた。

しかし「下手な考え休むに似たり」とは言ったものですねぇ。。。。

今でこそ 「いつやるか?」「今でしょ!」が流行語になってるが、

私の語録では「やっとこさ、重い腰でも 浮かせよう」とばかりに

やるっきゃない! と2011年2月、バレンタインデーを前に、お菓子教室をスタートさせた。

毎月第二木曜日、午前10時~12時。実習して試食してテイクアウトあり。参加費一回300円也。

 

記念すべき第一回は「ウォーターチョコレートケーキ」これは、数あるチョコケーキの中でも

簡単で美味しいモノ。大好評で、3年経った今でも、メンバーから

「今年の夫の誕生日ケーキに焼きました。」なんて嬉しい報告があったりする。

 

2011年3月には東日本大震災があり、少なからぬ被害を私たちも受けた。

ライフラインが止まって、食料事情もあまり良くなかった。

一ヶ月後のお菓子教室は、卵もバターも使わないで出来る「シークレットケーキ★」というのを

焼いたりした。何のことはない、マヨネーズを使って作るケーキですわ。

 

3年経過した今、熱心なメンバーの腕はかなりあがっている!、と見る。

そろそろ手持ちのレシピも尽きそうなので、研究する必要が出てきている。

私のコンセプトは「ぶきっちょさんでもOK、焼きっぱなしのお菓子☆」である。

それから、最近開発したケーキやクッキーなどは、レシピを新たに文書化しないといけない。

うっかりするとその時間がとれず、簡単なメモ書きですますこともある。

一昨日の「チョコチャンクナッツクッキー」がそうだった。へへへ。

 

なぜ、時間が足りなくなるのかってぇ~???

はい、キッチンとリビングの片付けをしなきゃならないので。

お菓子教室の実習はキッチンとリビングのテーブルを使う。

昔からそうだが、リビングダイニングテーブルの上に・・・あらゆる必要なモノを出して置く

という習慣がある私たち。当日の朝、薬箱やらメモやら郵便物やら・・・要片付けの品々を

それこそ とりあえず右から左へ移動するのである。

だから厳密には「片付け・整理」ではなく単なる「物品移動」である。(笑)

 

そうして毎回、楽しく実習し、喜びをたずさえてメンバーは家路につく。

私も、それを見ながら、今回も出来て良かったなぁ~と喜びを味わう。

「人生は引き算である」という言い方を今朝の『花子とアン』から教わった。

自分がよりよきモノを得ようと前進しているときは「人生は足し算」であろう。

その一方で、自分が持っているモノを人に伝授するというのは、ある意味「引き算」なのかも。

けれども自分が得たモノをしがまえずに 他人に譲り渡すことは、

なんともすがすがしい「引き算」になるのである。

 

私は自分が得たお菓子作りのノウハウを若い世代に伝えることで

喜びを味わっている。私という存在がいつかこの地から消え去っても

何人かのお菓子作り愛好家にそれが受け継がれていくとしたら・・・

これもまた、嬉しいことじゃないかしらん、らん。

 

こうして「おかしな牧師」は、「お菓子教室」を喜びと共に開くのである。

「いつからか 『お菓子な牧師』が 通り名に★」