伝統的プロテスタント信仰に根づく教会です

   ヨハネによる福音書1章19~28節              

 

    洗礼者ヨハネは、「イエス様の先駆者」として神様に選ばれ、召された人でした。彼はその召しに忠実に応えて歩んだ人です。洗礼者ヨハネを通して、神様の召しに応えて歩む姿、そして彼が何を伝えたのかを今日の箇所に耳を傾けて心に留めていきたいと思います。

 

1.イエス様の道を整える者

 洗礼者ヨハネが、神様の召しに応える歩みは、母の胎に命を宿した時から始まっていました。天使が父ザカリアに告げたとおりに、ヨハネは誕生しました。子どもを授かるには高齢すぎるザカリアとエリザベト。しかし、高齢でありながら母となったエリザベトの姿は、結婚前にイエス様を宿したマリアにとって大きな励ましと力になりました。この時から神様の洗礼者ヨハネに対する先駆者の召しは始まっていたのです。

2.荒野で叫ぶ声(19~20節)

 洗礼者ヨハネは、人里離れた荒野で孤独に生活をしていました。そして神の言葉が降ると洗礼(バプテスマ)を人々に授け始めます。それは、民衆の間で話題となり、多くの人が洗礼を授けていただこうと、ヨハネのもとを訪れるようになりました。この時代はまだ、ユダヤ教が主流だった時代、割礼と律法を守ることが信仰者の重んじていたことでした。ヨハネの行った洗礼は 、罪を悔い改める回心を重んじる新しいものでした。祭司やレビ人たちは、そのような洗礼を授けるヨハネに「あなたは誰なのですか?」と問いただします。そこできっぱりヨハネは「私はメシアではない。荒野で叫ぶ声である」と答えるのです。これが、ヨハネに与えられた働きです。

3.ヨハネの証し(26~27節)

 洗礼者ヨハネの洗礼は、悔い改めの洗礼でした。それは後から来られるイエス様をお迎えする準備なのです。「私は水で洗礼を授ける~資格もない」。「あなた方の知らない方」その人こそがイエス様です。洗礼者ヨハネは、イエス様をお迎えするための悔い改め、そのイエス様が、私たちの想いを超越した神の子であることを預言するかのように伝えています。

<思い巡らしてみましょう>

 神様があなたに与えている召しについて祈ったことはありますか?あなたにも必ず神様からの召しがあり、神様はそのための応答を待っておられます。